台北の気候、とか食べ物のこと。(←再度追記しました)

寒くなりました。外に出ても家の中にいても空気がすっきり冷たくて、身も心も引き締まっ、  たらいいのですが、相変わらずだらだらしている私です。


さて、この冷たい空気を鼻孔に感じると思い出すのが台北の夜。


【台北の気候】

旅行は3月末でした。

‘台湾って、沖縄ぐらいの気温だよねー!’

‘日本はまだまだ寒いけど、あっちに行って荷物になるのも嫌なので、上着おいてきちゃったよー!’

と我友人達4人はまるで初夏の服装で現れました。


私だけが、着るものがなくてライナー付きのピーコートを着ていました。



で、あっちでは日本より気温は低いわ、風はビュービュー吹くわで、


‘こんなに冷たくちゃ、外あるけないー!夜市にいけない~’

と、荷物の中から着れるもの全てをだして、下着、パジャマ、と着こんでお出かけしたのです。


わたしだけが、ピーコートのライナー付きを着ていました。


もちろん私は、かわいそうな友人のために、わざわざピーコートから取り外したライナーを差し出して ‘これ、だれか着る?’ と言ってあげました。なのに友人はみんな、

‘いや、い、いい’ と断るのだ。


そかそか、いいのか。

わたしだけが、ライナーの付いたピーコートを着て行きました。


しかし、あんなに寒いとは思いませんでした。台北。



【台湾のパン】

‘あっちに着いたらあれ食べようね~’ ‘わたしはあれが食べたいなぁ~’ ‘わたしはあれと、これと、これも食べるぅ~~’

とさんざんはしゃいでいた友人達。


台北では夜市といって、屋台が集まったところがあっちこっちにあります。
美味しくて安くて、地元の人たちも家でご飯を作らずに、こういった屋台で食事を済ます人が多いと聞きます。

たしかに、かなりのにぎわいでした。串刺しのお肉?それと日本でいうお好み焼きみたいなものや、タピオカの入ったビックサイズのジュースとか、油で揚げたお饅頭、カットされたフルーツ、それに雑誌などでもよく取り上げられているらしい人気のBIG唐揚げ。

で、とりあえず一番に、そのBIG唐揚げを2つ、5人でたったの2つ、買ったのですが、、、みんなちょっと食べて

‘あんまり食べたら他のが食べられなくなるからもういい’


残りは私が全部たべました。
スパイスが効いていてしっかりしたお味でした。外側はカリッとしていました。中身の口当たりはふんわりさっくりで、ケンタッキーと似ていたかな?と思います。


てきとうにうろうろしてホテルへ帰りましたが、晩御飯は食べないのか?と聞くと

‘さっきの唐揚げであまりお腹が空いていない、もういらない’


えええ~~~!晩御飯食べへんのぉ~~~!



寝る前に、ひとりの友人を誘って近場にある地元の人しかいかないだろうお店に入ってラーメンを頼みました。

あっさりした味で、少し酸味が効いていて美味しかったのですが、モツが細かく切られたのがたくさん入っていました。
赤黒いのや薄茶色いのや、灰色のやらが汁の中にホツホツと浮いていました。臭いもなにもないのですが、どうも気持の良いものではなく、残したら申し訳ないので半分くらい食べて、半分ちょっと汁の中に浮かべておきました。


で、ホテルへ帰ったのですが。

寝る前にお腹が物足りなさを訴えるので、菓子パンでもないかしらと近くにあるコンビニへ行きました。

時間が遅いので売れ残りのパンが少しあるぐらいで、何も入っていない大きめのコッペパンみたいなのをひとつ買ってホテルに戻りました。円に換算したら150円ぐらいかな。


そのパンがものすごく美味だったのです。


キメの細かい、細かい、パン生地ってこんなにも細かいものだったのかと。手でちぎったときの切れ具合、香り、口当たり、粘り、こんなのはじめてでした。


日本が米文化なら、台湾は麦、というよりも 粉文化 なのでしょうか。そんなことを思って見たりしました。
普通にコンビニで売られていたパンです。台湾のパンはそれほど感動的なものでした。


次は、台湾式シャンプーのことを書きたいと思ってます。

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加筆します。(1月5日)


とうとう2012年になってしまいました。

えーと、最近呆け気味でして

2012年であってますか?といちいちパソコン画面右下の日付を確認する私です。

平成何年?

えーと、えーと、新聞はダイニングにおいてあるなー、いちいち立って確認しにいくのもめんどくさいな。

と、こんな感じの今日この頃。もちろん正月もこんな感じでやっておりました。

初詣なんぞも行っておりません。暮れに食材の買い物にいったっきり、どっこっもっいっかっずっの正月でした。

風呂に入るのもめんどうで、、、。外に出てないから今日はええか、と入らない日があったりで。きたねぇ~~



では、ここで‘風呂’がでてきたので旅行記のつづき、台湾式シャンプーのことにうつります。


台湾の美容室でシャンプーをお願いすると、洗面台に移動するのは髪をゆすぐ時のみです。
シャンプー液をつけてのマッサージは椅子に座ったままでやってくれます。

うまく説明できないのでペイントで描いてみました。↓




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      叫び。


上図のように、長い髪を恐竜の背びれのように立てて、ごしごしやってくれるのです。
泡が服の上に落ちないかなーと思うのですが、そこはさすがにプロでした。
薄くしたシャンプー液を何度も何度もふりかけながら、15分ぐらいマッサージしてくれました。
その間、ビッグサイズのコップに冷たい紅茶をいれたのをもってきてくれるのですが、台湾ってどこでドリンクを買ってもコップがビックサイズなんですよね。そんなに飲んだらお○●○ばかりいくやん、と引きそうになるぐらいのサイズなのですが。台湾人ってカタイのかしらね。

洗髪台に移る前には首と肩を強く揉んでくれるのですが、それが気持ちよかったー。
そして、洗髪台も日本のように背もたれを倒すタイプのではなく、フラットで楽ーな姿勢でやってくれます。
凝り気味の首を揉んでもらった後だったので、もうこのまま寝てしまいたいと思うぐらいの気持ちよさでした。


「台湾に行かれるのだったら是非シャンプーを体験することをおすすめします」

と事前に台湾情報を教えてくださった よっしさん ありがとうございました。おかげさまでとても素敵な体験をすることができました。


ではでは、次回はMRTという電車のことを書きます。たぶん近日中に、、、。
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加筆します。(1月28日)
近日中といいながらおそくなってしまいました。


【ではMRTの話】
これは現在どんどん路線が伸びている電車です。
今回の旅行はできるだけ自分達で移動しよう、ということで意見がまとまったので、頻繁に利用させてもらうことになりました。

ここでまず驚いたのが、駅構内に時刻表がないこと。
次の電車が何分後に来るのか~って、わからないと日本人である私たちは落ち着かないものですが、ここの電車はラッシュ時でもないのに3分おきぐらいの間隔で来るのです。

もうひとつ驚いたのが、構内になんの広告もポスターも貼ってないこと。
朝も昼も夜もこの電車に乗りましたが、たいがい空いているこの電車。
空いているといっても決してガラガラではありません。椅子がいっぱいで立っているひとが多くいても、吊り皮に余分があれば空いている、と感じますよね?

常に乗車率200%でもあるまいし、収入はどこから?これでやっていけるの?台湾の産業ってなに? といろいろ疑問がでてきました。

後から香港在住の友人にこの話をしたところ、台湾にはかなりのアメリカ資本が入ってきてるということで、まず中国進出のための土台を台湾に作るとか。
そして中国側との交渉は台湾人を仲立ちにしてすると上手くいく、というようなことを教えてくれました。
外貨か~。



他には、マナーが大変良かったこと。

電車に乗る時、混んでいればもちろん並びますが、ドアーの前に5、6人しかいなければ、べつに並ばずとも適当に乗車しますよね。それが、きっちり1列に並んで乗車するのですよ!
もうすこしで恥をかくところでした、、、。



【宿泊したホテルの話】

私ともう一人の既婚ちゃんは、‘せっかくの旅行なんだから、ちょっとぐらい奮発してもええんじゃ、、、’と考えていました。たとえ、‘+1万円になったとしても、子供と旦那から解放された短い期間を豪華に、、’という気持ちがありました。

それが、貴族だと思っていた他3人の未婚ちゃんは、役職まで付いているくせにケチる、ケチる。。。たとえ3千円の差であってもケチンボ~~なのです。


結果、グリーンワールドイン林森(洛碁大飯店)というホテルに決定しました。これは実に清潔なビジネスホテルで、他いろんな点で当たりだったのです。

5人だったので2部屋に分かれたのですが、3人部屋は簡易ベッドかとおもったらちゃんとベッドが3つあって、部屋も広くなかなか快適なものでした。

朝食のバイキングも豪華さはないものの、炒め物、和え物、それぞれにこだわった味付けがされていて、とても美味しく頂けたのでした。おかゆもご飯も、そしてあの小さい蒸しパン、粉の香りがふんわりして、最高だったなぁ。



【国父記念館】
ここは孫文を祭るところです。衛兵さんの交代式を見物させていただきました。

これだけ礼を尽くすのだなぁと、そのビシッとした動きに感動。
そしてまばたきひとつしない若い衛兵さんを間近に見ましたが、立つ位置によって目が合ってしまうのです。
変顔してやろか、と衝動が起きましたが不謹慎なのでやめました。


この記念館から見える位置に、名前は忘れましたがとても高層な建物があるのです。
初日に添乗員の方から、

‘あの建物は、最上階にあがるのに日本円で数千円とかなり高いお金がいるのよ。でもね、ベランダがあって、風の強い日でなければ外に出られるよ!こわいよ!度胸があったら出てみたらいいよ!’

と言われておりました。
友人のひとりが旅行前からあの建物に上がって見たいと言っていたので行くことになっていました。わたしは最初興味も関心もなかったのですが、添乗員さんの説明を聞いてからはワクワクしていました。だって、日本だったらぜったいガラス張りかなんかで外に出られないようにしてあるので、そんな高いところの風を直接感じることなんて今後おそらくないだろうと楽しみだったのです。


MRTの とある駅で降りて、てくてくてくと5人で歩いて行きました。
それは高層建物の常で、すぐそこに見えても遠いのです。

ああ、目前まで来てて友人が ‘しんどいからご飯にするぅ~~’と。


結局、そこへは行かないままでおわりました。


ではこのへんで旅行記を終わりにしたいと思います。

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あの上にあがるんじゃ~~~。

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台湾には古いコンクリート建築物が多くあります。
山の緑との対照が、台湾らしさかなと思う。

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ここには翡翠で作られた白菜がありました。
白菜は縁起がいいのでしょうか。あちこちで白菜のなんとかを見たような気がします。
なんで白菜?いちど調べてみよう。





実は・・・・・

この旅行の出発日ですが、東ではあの震災があった数日後でした。

こんなときに行っていいものか、、不謹慎な! と気持ちの上で躊躇したのですが・・・。


そもそもこの旅行の言いだしっぺ、実は私でありまして、、、というのは、学生時代の友人5人揃って行けるのは今のうちかもしれないと思った。というのは、

・旅行の前の年の秋に私の父が逝去し、もう介護の必要がなくなったのでやっとこさ自由になれた。でも友人達は、おそらく遠くない将来、私と同様に介護のほうで大変な時期になるだろう。

・友人のうちの一人が、子供が高校生になり少し子育てから解放された。つまりいつでもお出かけ可能になった。

・で、他3名は独身なのですが、、長年のキャリアで役職がついて、有給が取りやすく?無理を言いやすく?なったこと。


結果、5人の日程調整もうまくいき、旅行計画完了!という運びとなっていたのであります。

ううむ、なんかね~、行きにくいねぇと言いながら飛行機に乗りました。


で、機内で映画を観たのですが、たまたま選んだ外国映画が津波の映画でありまして、ますます意気消沈。


宿泊先のホテルで見たテレビでは日本の津波の映像ばかりが映し出されていました。


かなり複雑な心境の旅行であったのはいうまでもありません。

帰ってきてからも旅行記なんぞ書く気持ちになれなくて、というより書いたらいけないような気持ちになっておりました。
数か月が過ぎるともう自分の怠慢オンリーになってしまって、とても長くかかってしまいました。


このことを 情報をいろいろ教えてくださった よっしさんにお詫びを申し上げるとともに、なんの知識もなかった私に計画を立てやすくしてくださり、また台湾にいきたい!と思う良い旅行をさせていただいたこと 本当に 感謝しております。

旅行記を書くことで、あのときを振り返り、思い出としていっそうに濃いものが 私の中に出来てきたように感じています。

ありがとうございました。

最後に関係ないけど、わたしの義母の書を掲載します。
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被災地に早く平穏が訪れますように。
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# by hiruu | 2011-12-10 21:01 | 日記 | Comments(6)

台湾旅行記

日没間近の九份です。
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九份は ‘きゅうふん’ と読みます。
もともと金鉱山として栄えていましたが1971年に閉山。その後何十年か経ってから映画などでとりあげられ、今や台北いくならここ!と観光地化されています。

日本統治時代によく金が採掘されたそうで、いわれてみれば坑道を利用した建物は石造りオンリーではなく壁に木板が使われているなど、建物はどことなく日本的だった気がします。
千と千尋の神隠し”の舞台になったところです。



さて、前回掲載したオカリナですが、
オカリナを買ったお店は随所に張りめぐらされた坑道の一区画、入り口付近にありました。

女5人の旅行だったのでもちろん目的や見るものはそれぞれ違い、私が立ち止まりたくても他4人はまったく興味なし。
何度も振り返っては名残惜しそうにする私をお店のお兄ちゃんが気づいてくれました。


日本語で 「いかがですか」 と声をかけてくれましたが、

「たぶん、あとで寄れたら・・・」

「もう少ししたら閉店なんですが・・・」

「・・・・・・・。」



しばらく土産物店などを覗きながらみんなと行動を共にしていたところ、他4人が ※お茶の接待 をうけるといいだしました。

(※お茶の接待・・・台湾ツアーでよくあるウーロン茶を入れる作法のこと。私たちはオプションの無いツアーを選びましたが、結局立ち寄ったお店で勧められ、友人達は接待を受けることになりました。)




「私はウーロン茶よりもコーヒーが飲みたいから!」


と別行動。





さて、一人になって、こんなお店のテラスでコーヒーを頂きました。強風吹きすさぶ中、ちょっと寒かったけどやっとこさ ほげぇ~ としたひと時を過ごしたのです。  トップの写真 ↑ はこのテラスからの光景です。
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友人たちのお茶の接待はまだしばらく時間がかかるらしく、私はオカリナのお店に戻ることにしました。

オカリナのお店。すでに店じまいが終わる寸前でした。ぶら下げられていた数々のオカリナ、素敵な手描きの大小の陶器は、すっかり店頭から姿を消しておりました。

のんびりコーヒーなど飲んでいたのが悔やまれましたが、名残惜しそうにお店のところまでいくとさっきのお兄ちゃんがいました。


「もう終わっちゃった?」

「あ、いいよ。もう全部倉庫に閉まっちゃったけど、今から行って取ってきますから。」

「いやいや、だったら倉庫までいっしょに行きます!」

山の斜面を穿った深い隧道の奥の方に、倉庫はありました。庫、というより硬い岩に開けられた空間。けっこう天井の高さはあって、広さは10畳ぐらいあったと思います。(こういうのは私しか見ぃひんやろなー。)
小さめの安いオカリナをひとつ買っただけでしたが、お兄ちゃんなぜか喜んでくれて、売り物の楽譜までサービス。さらにオカリナの持ち方、吹き方まで教えてくれました。
前回の写真はユーアーマーサン!シャイン~♪ です。



坑道だけでなく、九份にはこんな素敵な路地もあります。下って行くと海が広がります。興味を引く看板でしたが、前までいっても何もありませんでした。
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つづきは来週ぐらいに更新します、、、。
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# by hiruu | 2011-11-20 14:34 | 日記 | Comments(2)

九份とオカリナ

先日、父の一周忌を済ませました。
いまこの一年を振り返って自分は・・・とみているのですが、気がすっかり抜けたような、ただただ何もしなかったような、それでいてとどまることのない時間の流れの上にいろんな事がふわふわのっかっているような、そんな気がしています。


数度の法事や、いまや空き家となってしまった実家の片づけを自分一人であれこれやりくりしていたので、けっこう頭も体も動いていたみたいなのですが、やはりどこか半分抜けているような気がして、なにかしら重みがないんですよね。

早々に仕事も始めましたが、新しい環境に何の気構えも苦労もなく、すっすーーって感じで本日に至っております。
もう何事が起こってもふうわりと受け止めて雲の上にほいっとのっけることができるようになったのかもしれません。


一年前が忙しすぎたのか、それとも私が呆けてきたのか、あるいは成長したのか?は判りませんが、今の自分が自分なので、これでいいや、こんなんでいいや、と思うことにしています。



ふわふわした記憶のうちで、これは是非とも書き留めておきたいと思っていたことがあります。

この春、学生時代の女友達5人で台湾へ行ったのですが、旅行記を書く前にまず写真を掲載します。



九份で買ったオカリナです。
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棚の奥に置いていたのを久しぶりに吹いてみました。  つづく、、、。
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# by hiruu | 2011-11-09 14:36 | 日記 | Comments(4)