東北の旅10~肘折の谷

 『ながく庄内平野を転々としながらも、わたしはその裏ともいうべき肘折(ひじおり)の渓谷にわけ入るまで、月山がなぜ月の山と呼ばれるかを知りませんでした。そのときは、折からの豪雪で、危く行き倒れになるところを助けられ、からくも目ざす渓谷に辿りついたのですが、彼方に白く輝くまどかな山があり、この世ならぬ月の出を目のあたりにしたようで、かえってこれがあの月山だとは気さえつかずにいたのです。』
-------------------------------------------森敦 『月山』 冒頭部分を引用しました。

私はこの森敦の小説『月山』の世界に憧れ、今回の旅を決行したわけです。なので、ここでちょっと小説のことに触れておきたいと思います。

この小説は、短編ながらも文字の隙間から唸りの様なものが聴こえてくる、そんなちょっと不思議な作品なんですよ。
字面を追っていて頭の中にイメージという画、が浮かぶことは誰にもあることですよね。でも音楽が聴こえてくるというのは私にとって初めてのことで、それゆえにはまり込んでしまったのです。


この度の旅行で、まず庄内側から月山を眺め、肘折を後にしたのは小説の主人公と同じ行動をとりたかったからです。そこに描かれていた『まどかな山』、庄内側からは想像もつかないほど異なった風貌であるという月山、を是非実感したいと思ったからでした。

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「今から肘折まで行ってきます。」

「あんな山奥へ?あそこはかなりの豪雪地帯でねぇ。」



最上屋旅館で御飯を3杯おかわりした私は、これで準備万端と意気揚々たる気持ちでした。
それもそのはず、鳥海の湧き水で炊かれたきらきら輝く庄内米の御飯、分厚い鮭の切り身にこれまたたくさんのおかず、特に切干大根とコンニャクに魚の子(←後ほどお聞きしたところ寒鱈の子だったそうです)をあしらえたものがとても美味しかったのですが、これらおじさん手作りの豪勢な朝食のおかげで、私はすっかり力が入っていたのです。


しかし、いくら豪雪地帯といってもきちんと除雪された道路をバスは進むわけで、それにこの暖かさも相まって『危うく行き倒れになる』ことに憧れを抱きながらも、そんなことは絶対に無いのでした。


肘折はかなり深い渓谷で、温泉街は迫った崖に阻まれ眺望も何もありませんでした。それでもここの湯に浸かると肘の骨折が完治したという、そんな謂れのあるところで、観光客はもちろん湯治客も多いところです。

それゆえに、この温泉街の旅館は一般客用と湯治客用とに分けて営業されているそうで、湯治客は宿の一室を借りて自炊が可能だそうです。この場合、当然宿代は安価に設定されているのでしょう。おそらく数週間からひと冬をここで過ごす人も多くいらっしゃるのだろうと思います。

たまに、目つきの悪い、というか、ちょっと普通じゃない、なんて言うと大変失礼なんですが、そんな男の人を何度か見かけまして、あれが湯治の人だったのかなぁと思うのです。

さて、湯の心地よさは格別でした。私も上ノ湯という温泉に浸かりましたが、重いリュックでできた肩の腫れはすっかり治まったようでした。

季節柄人通りもなく寂れた風情ではありましたが、やはり山奥に来たという感動が私の中に残っていて、今となってはそんな肘折が懐かしく思い出されています。


さて月山ですが。

バスの車窓、左手すぐ前方になんやら雪山があったんですよね。
ん?なに?これ違うよな?


 『かえってこれがあの月山だとは気さえつかずにいたのです。』
と、小説にあるように、私も気さえつかずにおりました。


月山は臥せた牛の姿に似ているといわれ、庄内側から見るとごつごつとした稜線の下方に湯殿山に続く尾根の線が際立っていたのです。それがこちら裏側から見ると全く違った姿です。
しばらくして、右手遥か前方に鳥海山の姿がはっきり見えた時、位置関係からいってもそれがやはり月山だと認識せざるをえなくなりました。

よく見ると稜線のすぐ向こう側に、牛というよりラクダの瘤のような、丸っこい山が見えている。
それは確かに『まどか』な線であり、庄内側からは見えなかったものでした。

もしこれを月明かりの中で見たとしたら、『この世ならぬ月の出』 を感じられたのかもしれません。そして、月山がなぜ‘月山’といわれるのか、その由縁をしっかりと了解することができたでしょう。


この裏側の月山をまっ昼間に見てしまったことは、少し残念だったかもしれません。それでも左前方に月山、右前方に鳥海山と、さらにその間に拡がる庄内平野を一望したことは一生の思い出になると思います。
ほんとうに、このパノラマは素晴らしい光景でした。


写真ですが、生憎ここで電池切れになっておりました。まあ、こういうのは写真なんぞに撮らないほうが、心の風景として強く残ることになるのでしょう。

誰にも見せてあげない、私ひとりの光景です。すみません。


ええーと、これで旅行記終わりにしたいと思います。長いのを読んでくださった方、ほんとうにありがとうございました。最後に、掲載できなかった写真を何枚かと、書ききれなかったエピソードをちょこっと書いて終わりにしたいと思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~その他写真とエピソード。

快速最上川(酒田⇔新庄)の車窓風景です。
酒田から肘折に行くのには陸羽西線に乗るのですが、1日1便のみ快速最上川というのが運行しています。これは松尾芭蕉にちなみ‘奥の細道最上川ライン’という愛称で呼ばれています。
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結構トンネルが多くて、たいした写真は撮れなかったのですが、水墨画のような雰囲気はなんとなく伝わってくれるかなと思います。車窓からは、最上川を行き来する観光船が見えたり、船に乗る乗客が指定駅からいそいそと行く様が見えたりしました。
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この列車に乗る前、観光列車だからきっとたくさん人が乗ってくるのでは、と早めに駅に着いたのです。それが早く着きすぎてしまって、駅の待合所で時間をつぶすことになりました。

待合所のテレビではスケートの浅田真央ちゃんが映っていて、みなさん目を釘付けにして見てらっしゃったので私もいっしょになって見ておりました。真央ちゃんの応援で気持ちはひとつ。

駅にテレビがあるということもそうですが、電車の本数が少ないと、ずいぶん早めに駅に着いていて、こんなふうに過ごす余裕ができるんだなと思います。雪で電車の遅れなども頻繁にあるのでしょうが、こういったところは都会にない良さだと思いました。

さて、テレビに夢中になっていると「快速最上川は0番線からスタートです」の放送が。0番線?とホームをずずっと歩いていくと、
‘0番線はこの先です’の看板が。
さらに先へ進むと、ここに電車が入ってくるの?と思うような、端っこの目立たないところに2両編成の快速最上川が入ってきました。

観光列車らしく、電車の写真を撮っている女性がホームに一人(最近は電車オタクに女性が増えています)。車内には観光客かな?と思えるグループが2、3組。
あとは地元の高校生ばかりでした。



こちらは初日に撮ったものです。
注連寺へ行く道中、周囲の音という音が雪に吸い込まれた静かな道、のはずが背後からペタペタという音が聞こえてきました。振り返ると大網バス停のT字路に立っていたお兄ちゃんが、後ろから付いて来てたのでした。
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あるうひぃ~ もりのーなっか~ くまさ~んにぃ~ ♪

ドキッとしたものの、自分がお嬢さんじゃないことを思い出し、

「お仕事してなくていいんですかー?」

「はあ、ちょっとぐらいー。そこまでいっしょに行きますよ~。たまに大きい車が通って危ないしー。」

ということで、途中間違いそうな分かれ道とか教えてもらいつつ、お話ししながらいっしょに歩いてもらったのでした。
大日坊へ寄った帰り、やはりバス停に立っておられまして、副住職に送ってもらったにもかかわらずバスの到着が遅れていたようなので、自動販売機のお茶をご馳走して少しおしゃべりし、写真を撮らせてといったらポーズをとってくれたのでした。

ありがとうお兄ちゃん。おかげさまで迷わずに行けました。旅行しょっぱなにはバス代の小銭がなくて○○バスの運転手さんに負けてもらったりと、何やらアクシデントが続きそうな予感がしておりました。しかし、結果良い旅行になったのは、この初日、お兄ちゃんに会ったおかげです。
旅行記最後を飾る写真として、掲載させて頂きます。
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by hiruu | 2010-04-24 21:45 | 日記